こんにちは。一週間ぶりですね。今日は晴れてホームスクールを卒業しました!って言う報告をします。
私がホームスクールを始めたのは小学二年生の三学期の事で、丁度十年前の話です。両親がホームスクールを始めようと思ったのはチャーチアンドホームスクーリングジャパン、チアにっぽんの影響があっての事です。その前に母がクリスチャンになって、偶々その教会の牧師家族などがホームスクールを考えている、と言う状況にありました。それらの事が折り重なって今の私があると思っています。
ホームスクーリングって言うと、北アメリカでは必ずしもクリスチャンの人がやっている、って訳では無いですね。(最初こっちに来た時にその事を知らなくてかなりショックを受けました。)更にホームスクールをしている理由は様々で、「今年だけやる」とか言う人もいます。
私の家がホームスクールを始めた理由はもっと重いものでした。
クリスチャンになってみると分かるのですが、未信者の方達とは全く違う価値観になるのです。日本の公立学校のレベルは高いのですが、そこにある哲学や政治的概念、他の生徒達の思考、先生の指導方針など信仰に噛み合わなくなる場面が幾つもあります。やはり家族よりも時間を共に過ごす生徒達といると友達依存をする様になり易いです。(いくらKYな私でも気にする面もあったのです。)
更に、カナダ生まれのはずなのに英語がどんどん喋れなくなる。読み書きは出来ず、ある程度説明してもらわないと分からない、英語しか喋れない父ともはや会話が出来なくなっている。そんな現状もありました。
「神様を愛し、従う子供になって欲しい。」そんな両親の切実な思いで私はホームスクーラーになったのでした。当の私はホームスクールをすると分かった途端に友達に言いふらして、「何だかよく分からないけれどいいなぁ」ってうらやましがられていました。(笑)。
それから十年。最初は親戚や先生達にとても心配されて「それで大丈夫なの?」ってよく言われましたが、最終的にはホームスクールをした事で英語と日本語の勉強を両立する事が出来、自分で教材等を選べるので普通は出来ない勉強もする事がる様になりました。
でもそれ以上にホームスクーリングを通して学んだ事は、
『勉強の理由と仕方』でした。
私が勉強をするのは自分が好きだという事もありますが、それだけではなく勉強を通して神様の栄光を表せると思っているからです。
日本は今でも学歴重視社会です。(小池氏の事でもそう強く感じました。)北アメリカでは大学を中退していたり大学を卒業していなくても企業したり出来ますが、日本だとやはりそれは難しいです。クリスチャンでありホームスクーラーの私がもし勉強が出来なかったら、周りの人達にもこれほど認めてもらえなかったでしょう。どんなに良い知らせでも、勉強が出来なければやはり社会的に厳しい立場になります。サポートするよかサポートされる立場になってしまいます。そんな事になったら真面目にホームスクーリングに取り組んでいる人達に申し訳ない、クリスチャンは馬鹿だという印象を与えてしまう、そんな思いが強いです。
つまり、「神様にとって使いづらい器」になってしまうのです。
これが私にとっての『勉強の理由』です。
ホームスクーリングをする事についてよく勘違いされるのが『勉強の仕方』です。家にいる母が全ての科目を教えているのかとよく聞かれます。先に結論を言います:全然そんな事無いです。
何故かと言うと、小学の頃の主要五科目の基礎を敷いた後は勉強で分からない事があった時にどう対応するのかと言う事を教えてもらったからです。母は書道と家庭科では専門知識を持っていますが、決して特別に教育に長けている訳ではありませんでした。どちらかと言うと、「何でだろうね」と一緒に考えてくれる人です。(理系女子って言うのもありますが。)
だから、ある程度まで行ったら基本自習です。分からない事は調べて、それでも分からなければ人に聞く。一緒に考える。そう言う事を繰り返して行く内に私独自のホームスクール生活が出来上がって行きました。
今はそのホームスクールともお別れです。されども、ホームスクールを通して学んだ数々の貴重な事は一生忘れません。人生一生勉強です。
私に勉強の楽しさを教えてくれた母に感謝です。ありがとう。

[…] ホームスクール卒。 […]
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