家で集中して勉強する5つの方法

こんにちは!先週は色々とあって更新ならなかったのですが、今週は気を取り直して行きたいと思います!

コロナになって、家で勉強をする人が増えたと思います。で、集中力を高めて意識高く勉強し続けるのって結構大変だなぁ~と思う人も増えた感じがするんです。

実は私、ホームスクールをしてもう10年以上経つのです。その間、アメリカ大学受験したり、カナダ大学受験をしたりしてて、家で、塾とかも行かずに、オンラインでも補習せずに基本一人でモチベーション上げてやって来ました。今日はそんな私が今まで積み重ねてきた集中して勉強する方法を5つのポイントにまとめて話してみたいと思います。

1. タスクを見える化する

実はこれが一番大切なことなんです。受験勉強とかにしても、必ず小さい区分に分けて勉強するんですが、ただ単に、「○○公立大を目指すぞ!」とか、「○○私立大志願!」とか言ってても意味ないですよね。勿論、ゴールが分かってた方がイイに決まってるんですが、それだと目標設定が大きすぎて漠然としてます。

だから、タスクを見える化する。

例えば、ハーバード大学を目指していた頃の私は、先ずハーバード大学に受かった人はどんな成績と実績を持っていたのかな、と中学二年生くらいから調べていました。大抵の場合、SATやACTでは満点、GPAは3.9以上だと分かれば、それが一つの標石となったワケです。

更にそれを細かくしていくと、ACT対策勉強は、実際に何も勉強していない状態で一回試験を受けてみて、どんな感じかつかんでみる、それを基礎に出来てないところを反復練習する、模擬試験を毎日通しで受ける、などの区分に分かれます。

試験とかの日から逆算して、どのくらい時間があるのかを書く。それまでに何をしなくてはならないのかも書く。(チャート本とかも、単元の区分を作る。)そうやって割っていけば、一日の勉強はどれくらいしなくてはならないのかが分かるようになって、モチベーションも上げやすくなります。己の敵を知れってやつです。


2. 優先順位を整理する

勉強の内割が分かったあとは、優先順位をハッキリさせることが重要になって来ます。

GPAも大事だけれど、ACTの結果も大事だなぁ。でも、社会貢献とか凄い活動もしてないと一流大学は無理だ。どれが一番大切なんだ⁈

これ、分かってないと無駄に頑張ってしまいます。基本の勉強では主要五科目の点数維持とか、受験勉強期間は学校の普通科目の勉強は少し減らすなどして、自分のエネルギーを無駄なものに費やさないようにするのが大切です。

どんなに好きでも、受験中は絵を描く時間や執筆の時間は削りました。ビオラとピアノも、それで大学に入るワケじゃないので気晴らし程度に減らす。今の自分にしかできないことをやる。これが学生の鉄則です。


3. 携帯をしまう

最近メチャクチャおススメなのが、勉強中はケータイレスで行く、ということです。昔はケータイが無かったし、ラインとかツイッターも無かったからそういうことで集中力を奪われるってことは無かったと思います。自分もカナダに来てからしかケータイ持って無いので、小6、中学の時バリバリ勉強してたな、って思い返しています。(笑)

当たり前ですが、ケータイが近くに置いてあると気になります。通知とか入ったり、ちょっと触ってみたくなります。でも、開いたらそこで一貫の終わりです。最後、今までの集中力は消滅、「もはやこれまでか!」となります。

だから、勉強中はケータイを封印しておいてください。勉強している同じ部屋には置かないで、リビングに置いておくとか、両親に預かってもらうのがベストです。辛いけれど、ケータイは優先順位の中で最下位なのだ!


4. タイマーを使う

これも活用すると良いです。使うのはもちろんケータイ内臓のものでは無く、キッチンタイマーとか百均で売ってそうなものでオッケーです。(って言うか。むしろそういうのがイイから。)

最初は短めに設定して、15分とか、5分でも良いと思います。とりあえず、勉強の為に机に向かう習慣を作ると言うか、短時間全集中すると言うかって感じで取り組むのがベスト。逆に時間が無いと人って頑張れたりするものです。「たった十分で良いのか」と思うと、英文法とかも頑張れます。(私は得意分野だけど笑笑)

設定時間が終了したら、5分休憩をいれる。もし長めのセッションだったら(45~50分とか)10分休憩をいれる。一時間以上は続けて勉強しないのがおススメです。個人差はありますが、やっぱり集中力が持たなくなってきます。


5. 振り返る

最後に結構見落とされがちなのが、「振り返り」です。

勉強はじめにタスクを見える化しておいても、それが達成できたか否か、手ごたえはどうだったか見直す時間が無いと、自分に合った勉強を出来なくなります。もしかしたら、1日のタスクが多すぎて終わらなかったのかもしれない。逆に少な目にしておいて「もっとできそう!」と思ったかもしれない。

次の日に進む前に、必ず1日の勉強を振り返って見て下さい。これをするかしないかで、かなり勉強の進み具合が変わります。

結局最後に思うのは、勉強とは自分と周りの情報との対話だ、と言う事です。

どれだけよく対話を出来ているかで、理解力も変わりますし、集中力も変わります。自分に関係ない、勉強しなくちゃダメだからしないと、と言う感じの態勢で勉強にのぞんでいても良い結果は得られません。自分に関係なく感じるけれども、今ベクターと対話することによって自分の力になる。意味わからないけれども、この古文とお見知りおきになっておけば、試験の時に初めましてでは無くなる。

マインドセットを変えることから勉強は変わるのです。

バンクーバーに来て知ったLGBTQ2+の意味

今週はFamily Weekendって言う連休なのですが、あまり連休感しないです。コロナになってからStay Homeですし、BC州規定きびしいですし笑笑。(本当は夜のマチを閉めた方がいいんじゃないかと思ってます。)

まあ、今年に入って初雪もふって結果オーライとしましょう。今はもはや雨になってしまいましたが。

今日のトピックはできれば避けて通りたいと思っていたものです。意見が割れますし、センシティブなものですし。日本だとまあまあ認識がある人もいるかもしれませんが、私は全ッ然知らないでカナダに来たので、正直びっくりしました。「何ぞや⁈」って感じで。

で、私みたいにLGBTQ2+って何の呪文かと不思議に思っている人も、聞いたことあるけれどもっと知りたい!って人にもわかりやすいようにゆる~く語って行きたいと思います!では!

A. LGBTQ2+とは

まず、頭文字を一つづつ見ていきましょう。

L = Lesbian

レズビアン、女性の同性愛者のことです。あまり説明することはないかな、と思います。

G = Gay

ゲイ、男性の同性愛者のことです。これもあまり説明しなくていいかな。

B = Bisexual

バイセクシャル、つまり両性愛者のことです。ここら辺からちょっと複雑になってきます。他にも似てるけれどもちょっと違うカテゴリーとかもあるのですが、難しいので取り敢えず男性でも女性でも好きになることだ、と覚えてもらえれば良いです。

T = Transgender

性同一性、生まれた性とは違う性であると言う認識がある人を指します。単に男性として生まれたけれど、認識は女性、あるいは別もしかりだけではなく、Xジェンダー、ノンバイナリーとかもさします。

結構ここの線引きが難しくて間違えて “he” とか ”she” って呼んじゃってトランスの方を怒らせちゃうっていう問題があります。個人的にはまだポカってはいませんが、必ず自己紹介するときに明確にしてもらった方が良いです。”They” と言う呼び方もあります。

Q = Queer

元々は差別用語だったのが、最近になって性的少数者全体を指すようになった言葉です。だから、「私はQueerです。」と言われても、上記の一つなのか、それ以外の性的アイデンティティなのかちょっと難しい定義です。あと、結構LGBTQ2+を支持している人でも使ったりしてます。

2 = Two-Spirited

これは多分カナダ特有の部分で、ネイティブの人達から借りた言葉です。元々ネイティブの人達の間では性的役割の線引きが希薄で、あまり「女性はこうだ、男性はこうだ」と言う定義がなかったみたいです。あと、聖職につく半陰陽者はとても高い存在として見られていた、的なことからLGBTQ2+に入ることになったそうです。

+ = Plus

そして、今までの頭文字になかったジェンダーはすべてこのプラスで表しています。例えば、アセクシャルとかインターセックスとかです。

これで一応平均のLGBTQ2+の意味はカバーしたと思います。実際はLGBTQQIP2SAAとか、LGBTTTQQIAAですが、流石にそれは長すぎますよね。

B. なぜ知っておくべきか

「で、何で知らなくちゃいけないの?」って思っている人もいらっしゃるかもしれません。良い質問ですね!(はい、パクってます。)

なぜ知らなくてはいけないかと言うと、もはやこれはグローバル社会での常識だからです

はい、それだけです。勿論深く考えることは多くありますが、知らないと恥をかきます。人の尊厳にかかることなので、間違えて認識してしまうとひどく人を傷つけたり、失礼な態度をとってしまうことになります。「自分には関係ない」と思っていてはダメです。鬱や、不眠症と同じくらいその人にかかわりあっていることであって、人格に関する問題になっています。

「自分はこういう人だ!」という自己認識を誰でももっていると思います。それを初対面の人や、友人に真っ向から否定されるのと同じです。

自分には理解できなくても、その人を人として否定しない、ありのまま、今の状態で受け入れる、そういうことが必要になってきている時代なのです。

C.クリスチャンとしての視点

最後に短くクリスチャンとしての視点を語って行きたいと思います。

もう前にも何度かお伝えしていますが、私はクリスチャンのホームスクーラーです。クリスチャンだからあえて公立の学校に行かず、家で勉強をしてきました。そんな私だからこそ思うのが、「愛する重要性」です。

バンクーバーは北アメリカでも一番リベラルと言われている街です。カナダ首相はLGBTQ2+のパレードに参加したりします。もうびっくりすることばかりで、最初はどう反応すれば良いのか正直困りました。

クリスチャンじゃない人によく言われるのが、「クリスチャンってアンチでHaterだからな」ということです。結局、一部の過激派なクリスチャンがLGBTQ2+バッシングをしたりすることに言及してる、みたいなことです。

これは、間違えた認識です。

クリスチャンだからと言って、みんながみんな、ヘイトスピーチをしているわけではないし、そもそもクリスチャンじゃない人にその教理を押し付けてるってことが問題です。

あまり知られていないかもしれませんが、クリスチャンって言うのは生き方で、LGBTQ2+以前に婚前交渉とか嘘をついたり、心の中で誰かの悪口を言うのもダメなんです。「マジですか⁉」って思われるかもしれませんが、マジです。キリストの弟子の心を持った人になるっていうのは決して自分一人でできることじゃないですし、中心核的な聖句は「神を愛し、人を愛する」ことです。

だから、私個人はLGBTQ2+を支持していませんが、嫌っている訳でも否定している訳でもありません。もし、クリスチャンでありながらサポートしていたらそれは教理から外れていることなので、ちょっとそれはどうなの、って思いますが、そうでないなら自分たちの価値観を押し付けることになります。やっぱ、それは違いますよね。

更に、クリスチャンの中でも元々はLGBTQ2+のアイデンティティを持っていた、という人もいます。クリスチャンであってもSSA–Same Sex Attracted–つまり、同性愛であったりして悩んでいる人もいます。このトピックは「私達」と「あの人達」みたいな線引きをできないものになっていると思います。

「知らない」と言うだけで済ましてはいけない。理解し難いことでも理解しようと努力する、人は人として否定しない。いつの時代でもこれは重要だと思います。長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。興味がわいた方がいらっしゃれば、もっと情報を集めてみてください。

私の息抜き方法トップ5

今週も月曜日がやってまいりました。とてもフクフクでルンルン気分のゆめです。(フクフクの語源は不服を誤字って福福になったと言うウラ話ご参照。)

先週の最後の方にコケて兄弟と仲たがいしてしまい、更にちょっとだけ大学受験のことで滅入ってしまってましたが、これから紹介する「息抜き方法」で無事元気に復活しました。あ~良かった!大抵の場合、ガッカリしてるときにもっと頑張るとダメになります。私もよく失敗するのですが、疲れたときは休み時。一休み、一休み。(分かる人いるかな?)

ってな感じで、もし今日、気分が落ち込んだり、「やる気で無いなぁ~」と思っている方がいらっしゃれば、特上気合を入れて紹介します、「私の息抜き方法トップ5」です!ジャジャン!

1.本を読む

はい、いきなり過激派本の虫がさく裂しています。でも、本は本でも休まる本を選びましょう

とくにあまり本を読むのが得意でない人におススメしたいのは絵本。『はらぺこあおむし』とか『あさえと小さいいもうと』なんかは絵もカワイイし、読んでてほっこりします。『ぐりとぐら』や『かこさとし』系も良いですね。

絵本でも「読むのはちょっと」って思う方は、オーディオ・ブックとかが良いかもしれません。(私的には聴くよりも読むほうが得意なのですが…。)誰かに読んでもらうっていうのはそれなりに落ち着きます。

逆に本を読むのが得意な人には、エッセイや詩集をススメさせていただきます。いつもがっしりした本を読んでいるなら、休み時には薄めの軽い本を選んでみてください。また違う読書の一面が見えてきます。

2.お風呂に入る

またぁ、ご冗談を、って思う方もいるかもしれませんが、お風呂に入ること程リラックスできることはないと筆者は考えています。実際にお風呂に入ると血の巡りが良くなってあったまりますし、何かに追いかけられる訳でもありません。(さすがにお風呂ではケータイを切りましょう。)

何もしないでただ、お湯につかる。このシンプルな原則程心の疲れが取れることはないです。

3.散歩に行く

たびたび提案することがおばあちゃんチックですまないのですが、私は運動が得意ではありません。個人メドレー200を50メートルプールで泳げたり、極真空手をやったりしてますが、できる限り運動したくない派の人間であります。極度のインドア派です。(分かり易いですよね笑笑)

けれども、外にちょっと出てみるのは気分転換のきほんの「き」です。いきなりランニングとかに行かなくても良いので、「ちょっとそこまで」外に行ってみてはいかがでしょうか。運動が得意でなくとも、ラジオ体操をしたり、少し散歩がてら近所探検、買い物に行っても良いです。きっと楽しい発見があるはず。

4.お家カフェ

ちょっとそこまで行ってきたら、静かな音楽でもかけて「お家カフェ」をしてみませんか?

始め方は至ってかんたん。お湯をやかんで沸かし、ティーバッグの紅茶をいれる。(コーヒーでも緑茶でもオッケー。)クッキーやチョコなどのお菓子を、ちょっとだけステキな皿にパッケージからだしておく。ジャズジブリでもかけたら準備万端、ステキな「お家カフェ」の出来上がりです!

何よりも大切なのは、カフェ時間はなるべくケータイをいじったりしないこと。今まで取り上げてきたことのどれでも同じなのですが、ケータイレスな時間をとって、自分と向き直ってみてください。今週、今日はどんな感じだったの?何かモヤモヤしていることは?

自分と会話する時間を作る、安全な休める場所を用意する。これ大事です。

5.クリエイティブな「何か」をする

最後に紹介する「息抜き方法」は、クリエイティブな「何か」をすることです。

クリエイティブって言っても色々あるのですが、私が気に入っているのは書くこと、描くこと、弾くこと、です。続けてみるとなんか変ですが、私は執筆活動をしています。ブログは日本語以外に英語で書いています。(と言うか、英語が本流です。)本も何冊か書いているのですが、この間、50,0000字到達して嬉しかったです。目指せ、100万字!

絵も描きます。中学生時代は絵師さんになりたくて、今でも何冊ものスケブ、処分しかねてます。(まあ、ときめくのだから捨てる必要はないけれど。)カナダでコピックを手に入れるのはどうしても無理だったので、セリアのイラストマーカーが買えるのが嬉しいです。

あとはピアノとビオラを弾きます。ピアノは四年間ゆる~く習ってて、それからは独学で月光第三楽章をチャレンジしたり、耳コピできるくらいになりました。ビオラはこっちのコミュニティ・プログラムで三年間めっちゃ真剣にやって、プロ目指してんのか?ってくらいやりました。今はこちらもゆるく続けております。

でも、これらの他にもクリエイティブなことは沢山あるので、色々と自分に合うものを探してみてください。編み物とか俳句とかも良いですよ~。

と、私の息抜き方法はこんな感じです。コツは息抜きなので、ゆるくゆるく、のんびりとすることです。みなさんも独自の息抜き方法、試してみてください!今日はここまで。

ホームスクーラーとして不登校を考えてみた。

こんにちは、ゆめです。先週は予想以上に色々な方に記事を読んでもらって嬉しかったです。予行練習した甲斐があった!(←今までNoteとかブログの書き方を勉強したことがなかった人の発言)

今週は全然トピックが違うのですが、自分としてはよく考えることなのでかるく語って行きたいと思います。デデン!

もうご存じの方もいらっしゃると思いますが、作者はホームスクール卒であります。「ホームスクールとは何ぞや?」と思う方はこの二つの記事をご参照ください。

  1. ホームスクール卒。
  2. 私のホームスクーリング概念

そこでよく聞かれるのがこちら:「ホームスクールって単に不登校と同じじゃないの?」

即答いたします。

全ッ然違います。

そもそもホームスクールとは家の学校という意味である

英語に直すとわかりやすいのですが、ホームスクールとはHomeschool, つまり、「家+学校」です。家で勉強しているだけで不登校ではありません。

特に東京にいた頃は学校の遠足だったり、理科の実験教室とかにちゃっかり参加していました。バンクーバーでも受けたければ学校の授業が受けれるそうです。(受ける気無いけど。)サマースクールで物理と解剖生理学を取ったりもしています。

私は家で勉強をしていただけで、不登校ではありません。事実、Honoursで高校卒業を果たしています。(奨学金も貰った。)知り合いのホームスクーラーでも高卒認定を受けて一橋とか早稲田に行ってます。

自分語りばかりですまないのですが、私は日本語と英語の勉強を中学までは五科目してきました。正直、ホームスクールじゃなかったらココまで英語ができるようにならなかったと思います。(と言うか、必ずどっちかに傾いてしまう。)日本語を最近書いてなくてちょっとヘンなところもありますが、同時通訳とかも出来るのでいいんじゃないかと思っています。

更に、アメリカ大学を目指して来たのでACT、SAT勉強もしています。(目標達成はならなかったけれど、90th Percentile は取った。)ホームスクールをしていたおかげで自学自習が身に付き、タイム・マネージメントも出来る様になった。ホームスクールをしてきて良かった、としみじみ感じています。

ですから、ホームスクーラーは不登校では無く、家で勉強していると言うのが正しい理解です。

不登校とは学校に行かないことなのか、それとも勉強しないことなのか?

まあ、前の点でもうすうす気付いた方もいらっしゃると思いますが、不登校の定義も重要だと思います。

学校に行っていないことが問題なのか、それとも勉強しないことの方が重大なのか?って言うか、不登校は学校に行かないこと?それとも勉強してなくて学校に行かないこと?

疑問過ぎて調べたら、

何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しないあるいはしたくともできない状況にあるために年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的理由によるものを除いたもの

文部科学省

らしいです。

なんか、勉強する・しないの定義じゃない気はしてたんですが、これで良いのか、文部科学省?それともこれは「勉強しなくて学校に行かない人」のことか?うーん、悩む。まあ、日本は取り敢えずホームスクールに関する法律が皆無だからな。

ってな感じで、不登校は「勉強しなくて学校に行かない人」路線が強いですね。

勉強してればいいんじゃないかな。

ここまでくればもう、学校行ってなくても、ちゃんと勉強してればいいんじゃないかと思えてきます。やっぱり学校行ってるとストレスは溜まるし、人間関係とかも大変そうだし、逆にもっと勉強したい人(つまり私)は先に進んだり、じっくりと分からないところを勉強できるわけでもないですしね。

勿論、家で勉強してれば良いことばかりじゃないです。それなりにモチベーションがない人は本当に不登校になっちゃうし、Unschoolingって言う奇妙な勉強法とかだと高校卒業しづらいです。(Unschooling=子供の興味のある勉強しかさせない、教材は組まない教育方針)

あと、分からないことは徹底的に調べ上げる熱意も必要です。基本親は一緒に考えてくれる人で何かを教えてくれる先生じゃないので、自分で情報を集め、答えを導き出す力が重要になってきます。これ、出来ないとホームスクールは上手く回りません。

最終的に思うのは、子供の仕事は勉強だ、ということ。だから不登校はダメだと思います。でも、勉強をしっかりして、社会経験を積んでいれば、学校ってカタチでなくともよい気がします。少なくとも、子供は一人一人違います。勉強方法が違っても良いのでは?

今日はここら辺で。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

一年で本160冊読んで分かったこと

先週も普通にすっぽかしました、ゆめです。

カナダで車が無いとほぼ完全に死んでしまうので、車探しに没頭してた一週間が過ぎて結果オーライ、車が見つかりました。あ~良かった!

まあ、全く関係ないことはさておいて。去年のコロナに便乗して本を読みまくった私ですが、結果消化不良になったり、本は読めたのに疲れちゃったりと色々と考えることが多かったです。で、自己ベストの160冊を読んでみて分かったことをさらっと語っていきたいと思います。

量は質じゃ無い

当たり前なんですが、やっぱり自分で読んでみた感想はここですね。わたしの読書生活って大体 古典 → 文学 → 日本語の本 → 英語のフィクション → 英語のノンフィクション みたいなサイクルで回ってたんですが、去年はいつも読まないジャンルにチャレンジしようってことで自己啓発とかこっちでYA–ヤングアダルトって呼ばれてる本を多めに読みました。

めっちゃ消化不良。と言うか、「これ本って読んでイイの?」と思う作品も多かった。

もちろん読んで良かったと思ったモノもあります。でも、それに対して駄作と感じるモノが多すぎた。160冊の内、本当に良かったのは120冊くらい。25%は読書ロスってことです。流石にそれは悲しくない??

一冊の重みが違う

あとは一冊の重みですね。例えば、最近のラノベ一冊読むのと、ホーメロス読むのでは明らかに重さが違うじゃないですか。それと同じで、本の重さって凄く重要だなぁと思いました。

とくにわたしは英語の本と日本語の本をなるべく両立して読みたい派なので、今年は重さを考えて読んでます。(同じ理由でどんなに好きなマンガでも、本としては数えないよ。別枠だから。)

わたしの祖父は万冊博士を語る人なんですが、わたしも小さい時からそれを目標にしています。何年か前に覚えている限りの本集計してガッカリしたのを覚えています。全ッ然読んでないじゃん、って。

でも、重さで考えたら、ガッツリ読んでた。母から渡された借りて良い本のリストがあって、それは全て古典か世界文学。小五くらいから太宰治好きだったし、本と言えば岩波の名作シリーズだと思ってた。今考えるとお母さんに感謝です。

だから、読書は量よりも質だし、重さの方が大事。ココも本当に見直せて良かった。

長さとか人気とか関係ないよね

最後に無茶苦茶言いづらいけれど思ったことは、ベストセラーを読む必要が無いってこと。そりゃあベストセラーに乗るくらい凄い本とかもあるかもしれない。でも、自分的に必要だと思わない本は手に取る必要がないよね。

悪い例で挙げたいのは ”Gone Girl”。何年か前に人気だったスリラーで、余りそのジャンルは読まないから気乗りしないけれども読んだ。

最悪だった。

もう、本当に後味悪いし、何読んだのか分からない混乱状態に陥るくらい悪かった。絶対読まなかった方が良かった系の本だ。

芥川賞全部読むチャレンジしてて勿論自分的に合わない本とかもあるけれど、ある程度文体がきれいだから我慢できる。何かしらメッセージもあるしその時の時代背景もかいま見れる。でも最近のNYTimesベストセラーとかはもうそれも無い。

そう言う本は読まなくて良いよね。

だから、今年はキッパリ辞める。重く、深い読書をしたい。誰かに言われて読むのじゃ無くて、自分に必要な本と巡り会えるように努力する。そうやって万冊博士になりたいと思っている。

ただ、それだけです。

自由七科って何?

こんにちは!もう一週間経ったのかと思うと早い早い。早速毎週更新の目標が危うくなっています。

まあ、気を取り直して今日のトピックを見て行きたいと思います!

前回の投稿で、「自由七科の事を将来的に書きたいなぁ」ってふんわりと言ってたんですが、その将来が以外にも早く来た事になります。何故なら、今日は実際にその自由七科の事を取り上げていくからです。イェーイ!

でも、いきなり自由七科って言われても多分ピンと来る人間も少ないでしょうし、「何の意味があるん?」と思われてしまう可能性が高いので、私の言葉で説明出来る限りのゆるゆる自由七科語りが出来たらな、と思います。

そもそも自由七科って何?

英語だと、”The Seven Liberal Arts”と言いますが、ただ単にリベラルアーツ、文系とは違います。古代ギリシャで作られた勉強法で、自由に考える能力を養う為にあります

用例は論理学、文法学、修辞学から成る三科、算術、天文学、音楽、幾何学から成る四科です。

自分的に超衝撃だったのは、1900年代前半(特に第一次、第二次大戦前)の平均から上の人達はみんなこの方法で勉強をしていた事です。あの頃の人達は普通にラテン語、ギリシャ語が出来て論理的に考える事が出来た、と言う事になります。勿論個人差、国によって少々違ったと思いますが、少なくとも英語圏では平均的学問だったのには間違いありません。みんな、文系とか理系とか関係なしに教養があったんです。凄くないですか?

内容はいかに?

この最強すぎる学問には二つのパートがあって、さっきちょっと触れた、三科と四科に分かれています。

英語だと三科は Trivium、四科は Quadriviumと言います。Triviumはラテン語で「三つの道が分かれる所」と言う意味で(tri + via )四科の基礎編みたいな自由七科の土台です。

A. 三科

文法では、言葉の論理を学びます。同一律、つまりそのものがそれである事を五感を通して知る、それが言葉になって行くのだと言う事を実感して行きます。

論理学は多分一番ピンとくる学科だと思います。考えの仕組みを学び、正しい論理方法を身に付けます。間違った考えや誤診を見抜く力を習得します。それにより真理を導き出します。

修辞学とは一見難しそうに聞こえますが、簡単に言うとどう話すか、と言う学科です。知識(文法)を知り、理解(論理)し、消化してアウトプットする事。これが修辞学の本質です。また、政治家や起業家が必要とする人を味方に付ける能力でもあります。(これを学んでいるか否かで政治家人生も決まって来ますよね。)

B. 四科

Triviumと似て、四科はQuadrivium 、「四つの道」です。(quad + viam) 三科が基礎の基礎だとしたら、四科は哲学と神学の基礎です。三科は言葉に重点を置いていましたが、四科は数字でまとめられているのです。

算術:Arithmetic、通常算数と訳すのですが、ここでは用途もちょっと違うのでそれでは語訳になります。論理的な数字で、フワッとした数の形を捉え、実際の数字よりも論学的な数字を学びます。

幾何学:ここでやっと数字の形と言うものが見えてきます。数字を空間に置く事によって数字の実態を学びます。最初の算術が図鑑で見るホッキョクグマだとすると、幾何学で動物園に行って実際にホッキョクグマの習性を見る、って感じです。

音楽:私も結構びっくりしたのが、音楽が自由七科に含まれている事。しかも、数を学ぶためにある。音楽って音を楽しむ学問じゃ無かったんかい!

まあ、ある程度そうなんですが、それよりも音楽、実は時間軸上にある数だと言う事。よく考えてみたら苦手な音楽理論、あれほとんど数学ですよね。時の流れに合わせて変動する数、つまり音楽なんです。

天文学:余程星が好きで無ければ余り馴染みが無い天文学。勿論今だったらアインシュタインとかホーキング博士とかのお陰でガチ物理学ってイメージもありますが、自分的には結構印象が薄い学問でした。

でも実は天文学ってラスボスレベルなの、知ってましたか?

音楽が時間軸にある数、幾何学が数の実態、算術が数の論理だとしたら、天文学はそれを全部良い所取りした学問。論理、実態、時間軸全てを超越して支配してる数が天文学なのです。天文学ヤバ過ぎ。

これがザックリとした自由七科です。本音を言うと、「簡潔に説明出来た事があっただろうか?」とめっちゃ悩んだんですけれど、私的にもかなり良い線で行ったと思います。まだちょっと分かり辛い所もあると思うので、気になった方はもっと調べてみて下さい!少しでも自由七科に興味を持って下されば嬉しいです。

今日は此処まで!

2021年の目標

明けましておめでとうございます。もうすっかり2021年になったと言うのに、未だに間違えて2020って書きそうになっています。(と言うか三箇日が終わっただけですね。普通に余韻が残ってますし。)

去年は「ブログ毎週更新!」って思っていたのですが、途中で挫折しております。今年も緩く頑張って行こうと決意するばかりです。

もうお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、ハンドルネームを変えました!CLANSTLってめっちゃ気に入ってたんですけど、お母さん曰く「どうやって読むのか分からない」とか意味不明過ぎる点が多かったので、思い切って本名に変えてみました。実際は漢字で友恵と書いて「ゆめ」なんですけど、「トモエ」って呼ばれちゃう事が多くて平仮名です。(仮名だとなんかの記入書みたいでカッコ悪かった。)

そんな訳で、今年もよろしくお願いします!

早速の事、毎年恒例の行事である目標設定を分かち合いたいと思います。前回のブログで書いたように、今までは目標大好き人間だったのですが、色々と挫折して少し丸くなりました。そんな「丸く」なった私の目標を読んでみて下さい。

1:信仰 

A. 私と神様の繋がりを深める為に聖書通読、ディボーション、ローマ書を写す事を続ける

まあ、至って単純ですね。ローマ書を写すのが結構良くて、「写経みたい」って言われちゃうんですけれど自分的には気に入っています。

B. 中川健一の聖書勉強会を家族で続ける

毎朝十時からやってます。一時間半くらいかかるのでかなり大変だけれど中川先生は面白いし、へブル的視点から聖書を語って下さるので分かり易いです。

C. ウィリングトン教会の通訳チームで奉仕を続ける

一年半前くらいから始めた同時通訳です。楽しく、これもまた緩く続けて行きたいです。

2:勉強 

A. 私的自由七科をオムニバス、ヘンレー(ラテン語)、ロジック、音楽、微分積分学(PC12, カン・アカデミー)、漢検二級、そしてアポロジアの理科を通して学ぶ

「自由七科って何者?」と思う人も多いのではないでしょうか。英語だと、”The Seven Liberal Arts”と言いますが、ただ単にリベラルアーツ、文系とは違います。古代ギリシャで作られた勉強法で、私の尊敬するC. S. Lewisとかもこの方法で育ちました。用例は論理学、文法学、修辞学から成る三科、算術、天文学、音楽、幾何学から成る四科です。

これも話すと長いので、取り敢えず私的な自由七科を勉強しているんだ、と分かってもらえれば嬉しいです。(将来的に自由七科語りしたいなぁ。)

B. 神様に導かれている大学に入り、知恵と職業訓練を学ぶ

これも、色々と挫折した結果に導き出した私なりの進学方法です。と言ってもカナダ大学のトップスリーしか受けていないのですが。

C. 点数では無く、神様の事をもっと学べるから勉強を愛し続ける

今まで海外受験を目指して来て、点数が全てだったんです。どれだけ努力しても点数がそれに比例していないと、自分の努力を認められない。辛かったです。でも、これからは、点数じゃなくて勉強のもっと本質的な何かを学ぶ、知る事の喜びや楽しさを大切にしていきたいです。

3:仕事 

A. ミント、TD銀行口座、銀行手帳等を通して知恵のある金銭感覚を養い、大学の為の貯金を続け、奨学金、そして必要ならばローンを組む

去年のアメリカ留学挫折から学んだ事、それはある程度の貯金を無しに大学に行くのは難しい。家はLow Income Familyって言う枠に入る、「どうやってこの人達生活しているんだろう?」と心配されちゃう金銭状態にあります。その中でも堅実にバイトをしたり、自分の将来の為にお金を貯める事が必要なんだと実感し、これから余り時間は無いけれども頑張って行こうと思います。

B. 三十万時書く:Osthauptstadt, SE, and Woodstoneのドラフト0.5を仕上げ、他の作品も書き続ける

前にもちょっと触れたのですが、私は英語でもブログを書いています。そこでは主に執筆活動や読書生活の事を書いているのですが、本命でやっているのは本の執筆です。出版を考える前に 1,000,000Kを書く事を目標にしていて大体半分まで行ったので、今年は300kを目標に書いていこうと思います。

C. ブログを通して、日本語、ホームスクール、企業のアイデアを模索する

これも余り言う事は無いですが、このブログを通してもっと色々な人の励みになったらな、とこの目標を掲げています。

4:人生

A. 時間、モノ、電子機器、そしてお金に関して自制と知恵を働かせるミニマリストになる

最近ミニマリズムに出会って、自分的ミニマリズムを見つけようと試行錯誤しています。本質的な事だけに重点を置きたいです。

B. 家族と友人の関係を良好に保ち成長する為に会話をその人のために時間を取ったり、文通、メール、ラインを活用する

実は最近結構悩んでいるのは自信の内向性です。日本だと余り語られないのかもしれないのですが、この「内向的」と言うのはシャイだとか、人と会話が取れないとか言う事じゃなくて、どうやってエネルギーを回復するか、と言う事なんです。

私は大体一日の終わりになると、非常に疲れてしまってシャットダウンしがちです。それも内向的だから、他の人がいると疲れる。一人じゃないとリチャージ出来無いんです。だから外交的な人よりも意識して他人との時間を取らないとなぁ~と善処しております。

C. 私の信念に沿うように読書生活を変える

これは大きいです。去年の最初の方は結構バランスの取れた良質な読書生活を送っていたのですが、途中から余り思わしくなくなって、去年読んだ160冊の内本当に良かった本は128冊程度でした。今までは基本ほぼ全部の本が「良い!」と思える本だったのですが、去年は方向性を決めなかったのでちょっと迷走しちゃったと思います。今年はもっと難しい古典等や余り読まないジャンルにチャレンジする予定です。

ざっと話すとこんな感じですね。いやぁ、丸く緩く設定したはずなんですが、結構がっちりしてるかも。まあ、無理のない範囲で頑張って行こうと思います!2021年に期待して行こう!

人生まだ始まったばかりじゃないか。

こんにちは。(と言うか、おはよう、ですけど。)

今日も最高に雨降りクーバーからお送り致します。実は更新日は昨日だったのですが、何だか書けなくてすっぽかしてしまいました。

まあ、今日は気分を取り直して行きたいと思います。早速本日の題名について解明したいのですが、その前に皆さんは人生目標とかありますか? 私はこの目標設定が大好きで、先十年位の計画を立てたがる様な人種であります。皆さんも先十年とは行かなくても、一年単位で目標を立てた事があると思います。

そこで、私に良くある事。

計画を立てたは良いが、挫折を繰り返してしまう。

そうなんです。自分の努力とは裏腹に、人生計画って全然上手く行かなかったりするんです。って言うか、上手く行った試しが無い。

私的に言うと、Gap Year なんて取るつもりじゃ無かった。大体、大学が決まった後で受験を二度繰り返すとは思わなかった。と言うか、もう普通に大学行きたい。

良くある事なのですが、私は今まで「この年になるまでにこうするぞ!」と思っていた事で、その年になってから「それは無理やん!」って気が付いた事が多いです。毎日五時半起きの脱落からフランス語流通、ACT34点以上からアメリカ留学まで、そこに行き着くまでは出来そうな可能性だったモノがいざそこを目指して努力すればするほど遠ざかって行く。

やれば出来るんじゃ無かったんですか!(五時半起きは可能だけど…。)

そう思っているあなた。(って言うか私。)

人生はまだ始まったばかりじゃ無いか!

(何となくめっちゃ凄い事を言った後のリフレイン。)

私が中学生まで住んでいた団地には、もうそれは大層元気なお年寄りが沢山住んでいて、皆さんとても前向きでした。

例えば一人のお年寄りが「私ももう年だからねぇ」と言うと、

「あなたまだ七十代でしょ?まだ若いんだから何だって出来るわよ!」

と言う応答が返ってくるのです。

五十、六十代だとまだ「お兄さん、お姉さん」扱いですし、まだ二十代とかでもない私はとんだひよっこだという事にきづかされるのでした。

たとい、思い描いていた夢がまだ叶っていないからといって諦める事は無い。数十年の年月を重ねてもまだ若い。生きている限り、やれる事はまだ沢山ある。私が諦めなければ、誰も諦める事は無いのです。

人生、まだ始まったばかり。それは二十代でも六十代でも、もっと先でも変わらない。歴史を見ると点の様な存在である私達ですが、生きているのは死んでいるよりも凄い事で、今生きているのなら、それは途轍もなく素晴らしい奇跡。これからは人生は上々なのです。

だから、毎朝何となくがっかりしてしまうあなた。

まだ始まったばかりです。若いんですから何だって出来ます。今日、一つでも世界の幸せに貢献出来たのなら、それでいいじゃないですか。あなたが笑っていると嬉しい人達が必ずいるのですから。

図書館の良さ。

こんにちは。今日も煙霧に覆われて最高に薄暗いバンクーバーです。(カルフォルニアの火事はいつ収まるのかなぁ。)本当は晴れなのに曇っていて残念過ぎます。バンクーバーはこれからRaincouver (雨降りクーバー()になってしまうと言うのに。

まあ、それはさておいて。今日は私がこよなく愛する図書館の良さについて語りたいと思います。コロナ過で閉まっていたのですがこの夏にようやく開館してから機械があったら行っています。

それでは覚悟は良いか、皆の衆!

1:歴史的建造物

私がバンクーバーに住む事を受け入れられた理由でもあるバンクーバー市立図書館。写真をご覧になれば分かると思うのですが、バンクーバー中央図書館はここ北アメリカの図書館でも必ずトップテンにランクインするような美しい建築物なのです。(議会図書館とも並ぶ凄さ、やばすぎる。)

大きさで見るとカナダの図書館のトップ3で、あのカーネギーさんが寄付して出来た図書館も付属しています。(今は寂れてしまって色々とヤバイ雰囲気のチャイナタウンに埋もれていますが。) 

短いカナダの歴史で見てみると、1869年に出来たのですから、今年で151年。カナダは建国153年ですからかなり凄いです。

2:本の種類が豊富

最初に来た時には、「質が悪い本ばっかりだ!」とけなしていた事もあったのですが、今となってはとても重宝しています。

まず初めに。

日本語の本がある!(おまけに年々増えている。)

これは日本語の本が買えない貧乏学生にとって嬉しい事。英語ばっかりの生活に疲れて来た時に村上春樹とか住野よるさんとかを読めると本当に涙が出そうなくらい感動します。漫画もやっぱり品揃え多くても日本語で読みたいし。

更に、中央図書館の上の階に行くと、楽譜とかACT対策本とかも幅広く置いてあって感謝です。

3:本を買ってくれる

そうです、もし読みたい本が図書館に無ければ、大抵の場合は購入してくれるのです。私は大抵この方法で本を手に入れています。

カナダに来て感じるのは、「とにかく本が高い!」って事です。アメリカで$15する本は、カナダで$20。ひどい場合は$8から$10増しになってたりします。(だから日本で10,000円持ってたら「本を大人買い」出来るのに対して、こっちだと悲しい結果になってしまうのです。)

特に新宿に住んでいたので、紀伊国屋で欲しい本をさがしたら隣のブックオフで買う、みたいなことしていたので、本が高いのには仰天してしまいました。まあ、古本は結構安いですが、安かろう悪かろう、って感じです。

そんな訳で図書館が本を購入してくれると助かります。

4:他の図書館から借りれる

でも、もし欲しい本が無くて、更に絶版とかになってる古い本だったりする場合は他の図書館経由で手に入れる事も可能です。

Inter-Library Loanと言うコンセプトで、大学図書館とか私立図書館、アメリカの図書館からある程度の範囲だったら貸し出ししてくれるサービスです。

昔はBC州内は無料だったらしいですが、今は有料です。私は一度も使ったことは無いですが、いつかは利用してみたいなぁ。

5:借りられるのは本だけでは無い

最初の方にちょっと触れたのですが、借りられるのは本だけではありません。楽譜、CD、DVD、参考書は勿論、最近は電子書籍、電子書籍リーダー、オンラインコースとかも借りれます。図書カードの番号だけでインターネット上の通常はお金がかかるサービスが使えるって凄くないですか?

その上、レコードスタジオや、楽器まで借りられるのです。

更に。

Vancouver Inspiration Passを使うと、バンクーバーにある博物館や美術館、オーケストラやバレエまでが無料で体験出来ます。(今ググって知ったのだが。)その他20のロケーションで様々なアクティビティを体験出来るのです。

もう、VPL様々じゃないですか。

図書館万歳!って感じです。

(また図書館行ってこようかな。)

皆さんも図書館の凄さ、体験してみませんか?

英語だけが世界じゃないけれど無いと始まらない。

新学期早々挫折したり上昇したりしています。Clanstlです。

この夏最後のキャンプに行って来ました!

やっぱりこうして見てみると、カナダって綺麗ですよね。でもこのキャンプ場は水場がゼロで、トイレもボットンでした。(しかも、散々周りの人達に温水シャワー付きだと宣伝された後に。)唯、キャンプ場のすぐ横に流れている川の水を沸かして飲めるって凄くないですか?

まあ、そんな感じで新学期が始まってもホームスクーラー節をまき散らしているのですが、今日はちょっと『英語』について考えてみたいと思います。

英語って実は滅茶苦茶変な言語なんです。 ラテン語とギリシャ語をベースにフランス語とかゲルマン系の言葉も混じってるし、発音の仕方とかも独特。実際に英語を話す私みたいなネイティブの人達でも「英語って変だ!」と思う事が多いと思います。

更に、文法のルールとかも分かりづらい所があり、国によって綴りが違ったりします。因みに私はガチイギリス英語派のカナダ人なので、コンピューターのAutoCorrectもイギリス英語にしています。イギリス英語良いぞ!

とまぁ、英語は変!って事はすぐにお分かりになっていただけたでしょうか?それよりも肝心なのは、英語の普及率は十五億だと言われている事。世界中の五人に一人は英語を喋る事が出来るのです。

更に。英語を話す人達の内、Native Speaker は四分の一。残りは第二外国語として英語を使っているのです。

ここら辺まではほぼ常識的な事ですね。(別にびっくりする事の様に言うまでも無いかな?)

しかし。

英語が全てではありません。Native Speaker比較にすると半端ないのが中国語。スペイン語を話す人も実は英語のNative Speakerよりも多めだったりします。Native Speaker比較だと日本語もトップテンにランクインしているんですよ!(笑)意外とロシア語とかヒンズー語とかも多いです。

こうして考えてみると、世界的に英語が使われているのは不思議な事でもあります。(例えば、イギリスのEU離脱に伴って、公用語をどれにするかの議論。私的にはエスペラント語いいなぁ、て思います。)世界的にみたらNative Speakerは少ない英語。世界の約十五パーセントが話す英語。やたら変なルールが多い英語。

でも、やっぱり無いと始まらないです。産業革命を遂げたのが、イギリスで無くフランスだったら今の世界はフランス語を喋っていたかもしれない。世界大戦に勝ったのがドイツとかだったらそれはそれで違ったかもしれない。今の世界でも、英語を話している人は母国語が英語じゃない場合の方が多い。ぶっちゃけ中国語を公用語にしても案外行けるかもしれない。

けれども世界は英語を使い続ける。

もしかしたら、今英語を話すのは世界を繋げ続ける為なのかもしれませんね。